天野太郎(あまのたろう)第二次世界大戦の後、フランク・ロイド・ライトのもと、タリアセンで学んだ初めての日本人建築家です。その後、有機的建築思想を伝えるリーダーとして活躍しました。
遠藤新(えんどうあらた)帝国ホテルプロジェクトで、フランク・ロイド・ライトの右腕として活躍。自由学園と山邑邸建設で、完成に向け、貢献しました。
遠藤楽(えんどうらく)遠藤新の息子であり、ライトに学んだ最後の日本人建築家です。
岡見健彦(おかみたけひこ)1929年、遠藤新のもとから、ライトのアシスタントとして、米国に派遣されます。帰国後は、有機的建築の啓蒙に努めました。
田上義也(たのうえよしや)帝国ホテルプロジェクトに従事した若い建築家の一人です。北海道に渡り、多くのライトの影響を持つ力強い建物を設計しました。
土浦亀城/土浦信(つちうらかめき/つちうらのぶ)帰国したライトを追い、米国に渡りました。帰国後は、新しい生活スタイルを実現に貢献しました。
羽仁もと子/良一(はにもとこ/よしかず)フランク・ロイド・ライトと遠藤新の設計による自由学園の創設者です。
林愛作(はやしあいさく)帝国ホテルの支配人として、1916年にフランク・ロイド・ライトに帝国ホテルの設計を依頼しました。ライトの生涯の友として、交流が続きました。
南信(みなみまこと)帝国ホテルプロジェクトの構造技術者として、帝国ホテル、山邑邸を完成させ、遠藤新のパートナーとしてライト風の建築を続けました。
フランク・ロイド・ライト20世紀で最も偉大なアメリカ人建築家です。
アントニン・レーモンド/ノエミ・レーモンド1916年に、米国タリエセンでフランク・ロイド・ライトと働き、1919年、帝国ホテルプロジェクトのため、来日。その後、レーモンドは、日本建築界のモダニズム運動をリードしました。
